Vol.41働き方改革の要諦と後遺症対策(その1)-民間シンクタンクで経験した3つの壁-

我が国の労働法制では、残業時間は月45時間、年間360時間以内を原則的に厳守することとなった(2019年4月から適用)。これは、「働き方改革」により求められた規制である。昭和時代に美談となった「猛烈社員」は死語となり、ライフワークバランスを重視する時代に必要な労働の姿として、改革を迫られた民間企業は必死に取り組んだ。筆者の経験を振り返るとともに、今後の課題について展望したい。

1.働き方改革の要諦  -立ちはだかった3つの壁-

筆者は昭和時代に就職して駆け出し期を過ごし、平成時代を中核社員として駆け抜けた。一貫してシンクタンクに身を置き、調査・研究・コンサルティングに全霊を捧げた人生であった。徹夜を厭わず、休日出勤も常態化した仕事人生活だったと思う。そうする事が自分の成長に直結し、会社に貢献する事だと信じて疑おうとしなかった。しかし、組織をマネジメントする立場となってから「ライフワークバランス」という価値観に遭遇した。最初は共感する事が出来なかったが、「働き方改革」を実行せねば企業として立ち行かない局面となって改心し、現場を指揮する者として真剣にこれと対峙する事となった。改革断行の経験を踏まえ、今後の経営者と若者たちへのエールとなることを願い、筆者が実感した働き方改革に立ちはだかった3つの壁を振り返りたい。

①正確な実態把握

第一の壁は「正確な実態把握」だった。勤務の実態を詳細にデータ化できなければ対策も講じられない。しかし、実態把握は自己申告で行うしかないから困難性が伴う。超過勤務が多いと自認している者は、組織に迷惑がかかる事を恐れて隠すことが少なくないからだ。そこで、把握された実態は懲罰の対象としないことを改めて明言し、目的は社員を守り家族を守るための取り組みだと訴え、包み隠さずガラス張りの実態をさらけ出してほしいと協力を呼び掛けた。総労働時間だけを把握するのであれば、IDカードで執務室を出入りする時間や、サーバに接続しているPCの稼働時間を機械的に計測する事で把握できるが、知るべきことは総労働時間だけではなく、「どのような業務にどれだけの時間を投入しているか」という内訳を知る必要があるから、自己申告がどうしても必要となる。社員にとっては面倒くさい申告作業となるから、目的を深く理解して社員が一丸となることが必要だ。その結果、部門別、職種別、職位別などに労働の実態がデータ化され、課題を絞り込むことが可能となり、改革のスタートラインに着いたのだった。

②生産性の向上

第二の壁は「生産性の向上」だ。単に残業を減らせと言うだけでは会社としては生産力を失う。どうしても時間当たりの生産性を上げねばならない。そのためにはインフラアップが必要不可欠と強く認識した。机に縛り付けられている就労環境から社員を解放して、「いつでもどこでも仕事ができる環境」を作るために、デスクトップ型PCを廃止してノート型高性能PCにリプレイスした。同時に、グループウェアを導入して遠隔でも自在にコミュニケーションできる環境を整えた。自席の机から解放されれば、自宅でも出先でも仕事ができてとても効率が良くなる反面、上司・部下間や仲間との間でコミュニケーションが不足がちとなる。これを補うためにはグループウェアが役に立った。また、社内においても自席だけではなく、多様な空間で仕事ができる環境が必要とも感じたので、アメニティルームと称してコーヒーを飲んだり新聞・雑誌を読むことができる部屋を仕事が持ち込める空間として拡充整備した。社内にスタバのような空間を設けることで気分転換したり、仲間と相談する事でヒントを掴んだりしやすい空間とした。しかし、単にアメニティルームのような共用空間を充実強化すると、オフィス面積は増える一方でコスト増となり収益を圧迫する。そこで、個人の専用空間を極小化して共用空間を充実化する方針で社内のレイアウト変更を行った。社員の書棚を埋め尽くしていた書類は徹底してデジタル管理にシフトする事にして書棚スペースを削減した。このようにして省スペース化を図りつつ、インフラの充実強化を進めたのである。

インフラアップと並行して、事務フローの見直しを進め、電子化できるものを徹底して電子化するデジタル改革が本社サイドで進められた。手作業を減らし、回覧・検印・承認速度を速めるためだ。これには試行錯誤が随分伴った。パッケージソフトの導入だけでは使い勝手が悪く効率性が上がらないし、適用分野が多岐にわたるため複数のソフトを組み合わせて使う必要があるためだ。業種や自社の事務フローに応じたカスタマイズが、経費はかかるが必要不可欠だと強く感じたのであった。

③モニタリング

そして第三の壁は「モニタリング」だ。改革実行に伴い社内制度を変更した後、成果が出ているかどうかを把握しなければならない。新しいインフラや事務フローに准じて仕事のやり方を上手に変える努力が必要となるが、人によっては戸惑うばかりで適応するのに苦労する人もいる。そうした社員を発見して相談にのり指導する事も必要だ。そのためには、新しいルールに従い、各種ツールを使いこなし、仕事のスタイルを変えることが出来ているかどうかをチェックしなければならない。そのためにモニタリングが必要となるのだ。どのようにモニタリングするかは多様な手法があると思うが、導入したのは個人が登録しているスケジュール(サーバ内で共有)と実際の勤怠を照合する手法だった。スケジュールの段階から細かく仕事の種別を計画して入力し、実際の勤怠結果も入力して、その差異を把握できる労務管理とすることで生産性を上げるための行動変容が出来ているかどうかの参考情報としたのだった。監視社会の権化のような仕組みだが、働き方改革に慣れるまでのモニタリング手法として受け入れた。

こうした3つの壁に直面しながら、自社にとって必要な取り組みを断行することで、残業時間は一気に減少していった。就活期を迎えた息子からは、「職業としてはリスペクトできるが企業としてはブラックだ」と評された時は耳が痛かったが、お陰でホワイト企業へと変身する事が短期間で叶ったのである。

(vol.42「その2」に続きます)

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