Vol.31愛知県・森林公園ゴルフ場を救え!(回顧録) -PFI導入で蘇った県営ゴルフ場-

愛知県・森林公園内にあるウッドフレンズ森林公園ゴルフ場はゴルファーに人気の高いパブリックコースだ。このゴルフ場は、元々は愛知県営のゴルフ場だった。一時は経営難に陥ったが、PFI手法の導入で民間経営となり、見事に人気のゴルフ場として蘇った。筆者は、この事業にシンクタンクの立場から携わった。当時を回顧しつつ、民活の成功のカギを探索してみたい。

1.愛知県・森林公園ゴルフ場  -県有林管理の財源捻出策として誕生-

愛知県・森林公園は、1906年(明治39年)に宮内庁御料林の払い下げを受けて県有林となった森林を、1934年(昭和9年)に森林公園として整備した事から始まった。この森林公園の中に、1955年(昭和30年)に開設されたゴルフ場が愛知県・森林公園ゴルフ場(以下、森林公園ゴルフ場)だ。その狙いは、①県民の余暇需要に対応しつつ健康増進に寄与する事と、②ゴルフ場の収益で県有林の管理費を捻出する事が目的だった。一石二鳥の役割だから、当時としては画期的なアイデアだったと言える。

県有林の中に整備されたコースは36ホールで、ゆとりがあって変化に富み、難コースも織り込まれていたからゴルファーの挑戦心を触発した。また、県営のゴルフ場であるからパブリックコースとして運営され、誰でも予約・利用することが出来た。開設当時は県内3か所目のゴルフ場であったから耳目を集めたに違いない。ゴルフ場がまだ少ない時代に誰でも利用でき、名古屋市内にあるから立地も便利で、しかも腕自慢のゴルファー心理をくすぐるコース設定とあって人気を博したと思われる。その後、民間のゴルフ場が増加してゴルフ人口が広がると、パブリックコースという気楽さが好感度を上げた。また、バブル時代となると民間のゴルフ場はさらに増加したが、どれも会員制のゴルフ場で、会員権を取得するにもビジターで利用するにも高いお金が必要だったから、森林公園ゴルフ場の割安感は際立った。1980年代以降は容易に予約できないほど人気があったという。

ところが、バブル経済が崩壊すると、民間ゴルフ場の経営破綻が相次ぎ、生き残りをかけた民間ゴルフ場は、利用者を集めるためにサービスを充実化させ、プレイ代も安くして競い合った。こうなると森林公園ゴルフ場は旗色が悪くなった。施設・設備の老朽化が着実に進行する中で、安くて綺麗な民間ゴルフ場に客足を取られ、経営が悪化したのである。

2.経営難に陥った県営ゴルフ場の再生へ  -愛知県に独立採算型PFIの導入を進言-

2000年代に入ると、森林公園ゴルフ場の経営はさらに悪化して現預金は底をつき、老朽化した施設・設備の補修もままならなくなっていた。とりわけ、クラブハウスの老朽化は著しく、浴室やロッカールームは古びたままで、破れた雨どいを直すことすらままならない状況となっていた。

森林公園ゴルフ場を運営管理していたのは、旧愛知県森林公園協会(現、愛知公園協会)で、これを本庁で所管していたのは農林部林務課(現、農林基盤局林務部林務課)であった。林務課は、このゴルフ場の存廃を含めて検討するとともに、1999年(平成11年)に制度化されていたPFI手法の導入についても可能性を模索した。しかし、愛知県ではPFI手法の導入経験はなく、県内部の検討だけでは判断することが困難であった。当時、民間シンクタンクに所属した筆者は、愛知県からヒアリングの申し入れを受けた。PFI導入の可否と効果についての見解を求められたのだった。

我々は、至急、森林公園ゴルフ場の経営環境を調べた。その結果、「このゴルフ場は黒字経営が可能」との見通しに至り、愛知県に「独立採算型PFIの導入」を進言した。この時、PFI手法は揺籃期であったし、中でも「独立採算型」は稀有であったから、愛知県としては慎重な姿勢であったことも頷けた。しかし、民活を導入しなければ最終的には廃止の選択肢しかなくなってしまう。無くしてしまうには惜しい資源だと考えた。森林公園ゴルフ場は競争力が高く、十分に民間のゴルフ場と伍していけるし、一定以上の収益を上げればその一部を県に還元することも可能だと考えた。全霊を込めて本格的な調査検討を実施すべきと説明した結果、愛知県はPFI導入可能性調査の実施に踏み切った。

3.愛知県PFI第1号案件として事業化  -知事の懸念はキャディの雇用問題-

プロポーザルコンペで調査受託者となった我々は、最初に利用者アンケートを実施した。森林公園ゴルフ場でプレイを終えたゴルファーに聞き取り調査を行い、良い点と悪い点を訪ねたのである。その結果、良い点は①立地が便利、②コースが長くて面白い、③パブリック運営で利用し易いという意見が集まった。一方、悪い点は①施設・設備が古い、②キャディの質が悪い、③グリーンの質が悪い、という意見が多かった。キャディの質とは、「ボールを追わない、拭かない」、「望んだクラブを使わせてくれない」といった率直な不満だった。また、グリーンについては、コウライ芝をベント芝に変更することをゴルファーたちは望んでいた。

我々はこうした実態を踏まえつつ、詳細に市場分析を行った上で、次の結論に至った。即ち、民間に経営を委ね、民間の自己投資によってクラブハウスの新築と36ホールのベントグリーン化を行わせるとともに、キャディの質を良くすれば、民間が独立採算によって投下資金を回収して利益を確保する事が可能と報告したのである。県税を投入することなく、経営を立て直せると説いたのだった。

これに対し、愛知県知事から懸念事項が寄せられた。キャディの雇用問題である。経営を民間に明け渡したら、キャディが失業するのではないかと心配されたのだった。そこで、PFI事業者には、働き続けたいキャディの雇用引受けを検討するよう条件づけた。業務意欲があり、森林公園ゴルフ場を熟知しているキャディは、PFI事業者にとっても有益な人材であるはずだからだ。その他数多くの検討課題を愛知県林務課とともに検討・整理し、林務課は厳しい庁内協議を乗り越え、独立採算型PFI手法の導入が最終的に決定されたのである。当時の愛知県林務課のご担当者の頑張りは相当のもので、頭の下がる思いであった。

4.見事に黒字経営に転換  -県費負担ゼロで勝ち取った成果-

森林公園ゴルフ場の立て直しは、愛知県のPFI第1号案件として始まった。しかも、「独立採算型」のPFI事業は珍しく、注目を集めた。応募した事業者は6グループ。大手ゼネコングループ、外資ファンドグループ、大手デベロッパーグループなど、多彩な企業グループから応募が寄せられた。この大混戦の中から、PFI事業者として選ばれたのは、株式会社ウッドフレンズを代表企業とするグループで、構成員として名を連ねたのは大日本土木株式会社等であった。ウッドフレンズは地元の住宅デベロッパーでゴルフ場経営の経験はなかったし、大日本土木は民事再生手続きを申請した経緯を持つ中堅ゼネコンであったため、県営ゴルフ場の再生を引き受ける事業主体として首を傾げる人もいた。しかし、ウッドフレンズはPFI市場に新規参入してパブリックマーケットに事業領域を拡大する事を、大日本土木は多数のゴルフ場開発で培った経験を自社の経営再建に活かす事を真剣に企図していたのであり、社業をかけて臨んでいた。そして、愛知県の悩みや希望を正確に読み取った提案を持ち込み、大手ゼネコンや外資ファンド等を敵に回して見事に勝利したのである。

選定された理由は、新しいクラブハウスに地元県産材を積極利用すること、キャディ付きプレイとセルフカートプレイを選択できるサービス体系とすること、キャディの育成を積極的に行う事などが提案されており、県の課題意識に寄り添う姿勢が高く評価されたと記憶している。森林公園の中のゴルフ場であるから、県産材を多用したクラブハウスは愛知県の林業振興と合致したし、セルフプレイの導入は気軽にプレイしたいゴルファーのニーズに適合した。そして、知事が懸念したキャディの雇用を「育成」という姿勢で受け入れたことも評価された。誠にあっぱれであった。

こうして2007年(平成19年)4月から、愛知県・森林公園ゴルフ場は、リニュアルして再スタートを切った。すると新しいクラブハウスとグリーンは好評で、キャディの評判も高評価へと激変した。その結果、赤字だったゴルフ場経営は見事に初年度から黒字化し、14年目となる今日でも人気のゴルフ場として親しまれている。2013年からは「ウッドフレンズ森林公園ゴルフ場」の命名権が付与されている。このPFI事業で愛知県が得た成果は、県財産のゴルフ場の経営を健全化したこと、県民に健康増進機会を提供しながら県有林の管理に貢献する資源を保持できたこと、森林公園ゴルフ場に所属していたキャディの雇用を守った(民間に移籍)こと、などである。そして、この成果は、県費負担ゼロで実現したのである。

5.競争環境の活性化でグッドなPFIに  -成功のカギは民間意欲を喚起する事-

筆者は、PFIをはじめ多種多様な民活事業に携わってきた。今も多数のPPP/PFI関連に携わっている。こうした経験を通じてつくづく思うことは、民活事業の成功のカギは民間意欲の換気にあるということだ。ここで言う成功とは、「良い公共サービスを安く県民・市民に提供する」ことである。つまり、良質である事と安い事が同時に達成されることが「良い民活」の姿なのだ。森林公園ゴルフ場は、これを実現した究極の成功例だと思う。

安い事だけを求めるのであれば、予定価格を引き下げておけばよい。これに応募者が1社でもあれば、安いサービスは実現できる。しかし、このサービスが良質なサービスとは限らない。良質なサービスを得るためには、民間事業者が必死になって知恵を出して工夫を重ね、実践に汗をかかなければ実現しない。これは、意欲なくしてできるはずがないのである。従って、民間事業者が意欲を持って取り組める募集条件を作ることが肝要となる。意欲を喚起するために重要なことは、①必要な予算を充てる事(事業者が得るインセンティブを含め)と、②行政が求めている事を上手く伝えることだ。必要な予算とはジャブジャブに余裕のある予算でなく、過度な切りつめを強要しない範囲を指す。また、行政ニーズを的確に伝えるためには伝達手段となる募集要項が重要だ。行政側は官庁文学に固執せず、意を尽くして書かねばならない。こうして民間の意欲を喚起する条件が整えられた事案には、数多くの応募者が集まる。応募者数はそのバロメーターだ。意欲のある事業者からは良い提案が持ち込まれるし、複数の中から選ぶ事ができれば自信を持って県民・市民に報告できる。その先にあるのは県民・市民の笑顔だ。

行政機関の財政当局は、往々にして安い事のみを求め、良質なサービスとの両立に理解を示さない事がある。これでは民活の本質を理解しているとは言えず、「良い民活」には繋がらない。PFI法が制定されて20年以上が経つが、この事については十分に理解が広まっているとは言い難いと感じている。今後も微力を尽くして伝えていきたいと思っている。

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