2026年1月30日に「名古屋創生フォーラム」の設立記念懇話会が開催された。筆者は、名古屋学院大学の井澤知旦名誉教授と共に共同代表を務める。名古屋創生フォーラム(Ngoya Creation Forum:NCF、HP:「新しい名古屋の創生」 | 名古屋創生フォーラム)の設立に至った背景と設立趣意に込めた考え、このフォーラムが果たすべき今後の役割などについてご紹介したい。
1.設立趣意と狙い -名古屋固有の課題に正対したまちづくりを目指したい-
名古屋市の人口は233万人台で微増を維持しているが、その構造を紐解くと、加速する自然減を社会増で補っている構図だ(図表1:R7人口増7,609人)。但し、社会増の内、国外からが15千人で国内からは5千人であるから、その太宗を占めるのは外国人の転入によるものと分かる。日本人に限れば、自然減を社会増で補う事は出来ておらず減少している。そして、国内からの社会増5千人の内訳は、中部地域から9千人の転入超過がある一方で、首都圏に▲4千人の転出超過があり、その中心は20~30歳代の若者だ。また、0~14歳に限れば▲2千人の転出超過であり、これは子育て層の近隣市への転出によるものだ。
この様に、名古屋市は「若者の東京流出」と「子育て層の近隣転出」という二つの人口問題を抱えている。これは隠れた衰退の予兆だと筆者は捉えており、この流れに歯止めをかけねば、将来の名古屋が活力を失う事を強く危惧している。

一方、2016年に実施されたシビックプライド調査では、名古屋市のシビックプライドが主要都市の中で最低と報じられた。この時に論拠となったのが図表2の資料である。愛着度、誇り度、推奨度について各都市の市民に同意か非同意かを問うた結果を集計したものだ。新聞紙上で取り上げられた数値は図表内のNPS(ネットプロモータースコア:緑の枠線、[NPS=同意―非同意])で、確かに名古屋市の数値はいずれもほぼ最下位だ。しかし、筆者が着目したいのはそこではない。名古屋市の「非同意」の数値は他市よりも低いから、名古屋市民は不満を持っていないと分かる。その一方で「同意」も総じて低いためにNPSが低く算出されており、中立のスコアが他市よりも高い。つまり、名古屋市民は「不満を持っていないが、決定的な自慢も持っていない」と解する方が実態を表しているはずだ。

名古屋市の最大のウリは、「3つのゆとり」にあると筆者は常々発信して来た。三大都市圏で比較すると住宅が広く、通勤時間が短く、家賃が安い事が明らかだ(図表3)。即ち、大都市圏でありながら空間的・時間的・経済的なゆとりが最もあるのが名古屋圏であり、これが誰もが実感する暮らしやすさに直結している。先に見た図表2で非同意が低いのも、この点に起因しているだろう。にもかかわらず、若者は首都圏に大量に流出を続けている。若者たちが暮らしやすさ以上に求めているものが東京にはあり、名古屋にはないという事になる。これを突き止めなければ流出を止める事はできまい。また、子育て層が近隣市に流出する理由も同様に突き止める必要がある。

名古屋市が抱える若者と子育て層の流出現象はなぜ看過できない問題なのか。それは、将来の名古屋経済を縮退させるからだ。図表4は、年齢層別の1か月当たりの家計消費額を示している。20歳代から40歳代にかけて家計消費額は上昇し、40~50歳代で最大となり、60歳代以降で減退していく実態が明確に出ている。つまり、若者は消費拡大を先導する層であり、子育て層は消費のエンジンとなる層なのだ。これらの層のいずれもが流出を続ければ、名古屋市経済の未来は暗いと考えざるを得ない。家計消費が消失すれば市内総生産は減退する。これを手っ取り早く補えるのは観光消費だが、これも名古屋市は得意分野とは言えない。

こうした事を踏まえると、今後の名古屋市のまちづくりには、若者や子育て層(特に女性)を魅せる都市になる必要があり、早晩訪れる人口減少期に向けては観光消費を獲得できる都市を目指す必要がある。こうした課題認識のもとに政策を展開する事が、名古屋市に求められている都市経営と考えて良いはずだ。そこで、名古屋創生フォーラムでは、Z世代、女性、起業家、外国人をターゲット層として選ばれる条件整備を議論したいと考えている(図表5)。名古屋市が抱える固有の課題に正対し、克服の道を探る事が名古屋創生フォーラムの設立趣意である。

2.設立準備 -会員企業の勧誘、入会企業の協力に深謝-
実は、名古屋創生フォーラムには前身の団体がある。名古屋再開発推進フォーラム(NSSF)と命名された団体で、徳寿山清浄寺第十六世住職であり不動産鑑定士としても活躍され、名古屋のまちづくりに尽力された故飯田英明氏が設立し主導していた。しかし、飯田氏は2025年1月に逝去され、NSSFは解散した。息を引き取られる前に、家族にまちづくりの遺志を継いで行ってもらいたいと言い残されたという。そこで白羽の矢が当たったのが期せずして井澤氏と筆者であった。
井澤氏は、㈱都市研究所スペーシアの創設者で、名古屋圏に密着してまちづくりコンサルを展開した後、後進に経営を委ねて名古屋学院大学の教授となり、定年後に名誉教授となった。筆者よりも5歳ほど年長だが、コンサル業界に身を置く者(当時)として井澤氏の存在はよく認識しており、時としてライバルとなる場面もあったが、地域愛を持って仕事をする同志という意識も持っていた。テレビ愛知の「サンデージャーナル」では共にゲストコメンテータとして出演した事もある。その井澤氏と共同代表を務める事となったのである。
しかし、問題は山積で、最大の問題は運営費用であった。飯田氏は資産家であったから、私財を投じてNSSFの運営費に充てておられたようだが、我々はそうはいかない。そこで、会費をご負担頂ける会員を募る事とした。法人特別会員10万円/年、法人一般会員5万円/年と会則に定め、理事が分担して企業を勧誘する事とした。
2025年の夏に勧誘活動を開始し、年末までに34社のご入会を頂いた。筆者は20数社を担当し、現役時代のつてなどを辿って上述の設立趣意を説明して歩いたところ、断られたのは結果的に1社だけであった。入会依頼を受けた企業人側は、予算を確保するために上司を口説き、社内稟議をかけて承認を得るという手間がかかるから、相当のご苦労を強いたものと拝察する。大変申し訳なく、有難く、会員各社には感謝の念に堪えない。
3.設立記念懇話会 -薄氷の舞台裏、胸に刺さったメッセージ-
会員企業の勧誘に目途が立ち、設立記念懇話会の計画に入ったのは秋頃で、年末には準備の佳境を迎えた。2025年12月2日にNAGOYA都心会議の設立総会が開催されたが、名古屋創生フォーラムとしてはこれを応援する立場も取っていたから、当フォーラムの開催日はその翌月に設定した(2026年1月30日)。開催に当たっては、名古屋財界の要人をお招きしてご登壇頂く予定を取り付けていたが、師走に入って事情が変わり、お越し頂けないとの連絡が突如入った。開催が翌月に迫る時点でメインキャストが不在となったのである。
この危機に直面した我々理事会は、言葉を失い凍り付いたが悩んでいる猶予はない。筆者はあれこれと思案し、その日の晩に中日新聞社論説委員の豊田雄二郎氏に連絡した。翌日のアポを取り、足を運んで事情を打ち明け、急遽の登壇を依頼したところお引き受け頂けたばかりか、「自分だけでは物足りなかろうから名古屋の要人をもう一人招いた方が良い」と松雄俊憲前副市長を推薦してくれ、その数時間後には松雄氏からご快諾を頂いた。豊田氏と松尾氏のご厚意により、凍り付いてから1日にしてメインキャストの布陣が改めて整ったのである。
こうして薄氷の舞台裏ではあったが、設立記念懇話会を無事開催に漕ぎ着け、中田副市長にはご来賓として駆けつけて頂き、翌朝の中日新聞でも取り上げられ、名古屋創生フォーラムは船出をした。会員企業をはじめ、ご協力頂いた皆様への御恩返しはここから始まる。筆者が胸に秘めている思いは、設立記念懇話会で登壇してくれた豊田氏の話に依拠している。豊田氏は講演で、「河村市政の15年間は都市経営に着手できなかった。これから先、行政だけで都市経営に着手できるか。行政に対して投げかけをしていく存在が必要ではないか」と語った。これは名古屋創生フォーラムへのエールと受け止めた。我々がターゲットとする層の声を吸い上げ、彼らが都市経営に具申する道を拓く導管体として機能できるか。それこそが名古屋創生フォーラムが目指すべき機能だと筆者の胸に刺さった。
名古屋市は減税を実践する稀有の都市だが、一方では税収を上げるべく税源涵養に直結する戦略性を持たねば、これまでのような安泰の地位は守れまい。名古屋市の為政者や幹部・職員、市議会に対して課題克服の道を提唱し、都市経営の扉を開くような議論を展開する事が、名古屋創生フォーラムの役割と認識して取り組んでみたい。


















