愛知県の大村知事は、2026年2月12日の記者会見でIRの誘致検討を再開すると公表した。第一義的な狙いは観光振興にあるが、雇用創出や県経済の活性化など波及効果を大きく見込める案件だ。今、なぜ、愛知県がIRなのかを考えるとき、課題克服に向けた戦略性が浮かび上がる。この点において近年の名古屋市とは趣が異なる印象だ。都市経営、地域経営の観点から県がIR検討を企図する理由と名古屋市の取るべき方針を考えたい。
1.IRとは?その狙いは? -IR整備法による認定済は大阪府のみ、国は3席を用意-
IR(Integrated Resort:統合型リゾート)とは、MICE(展示場、会議場等)にカジノ、ホテル、商業機能、エンタメ機能などを複合化させた大規模複合観光施設で、2016年にIR推進法の制定で基本方針が示され、2018年にIR整備法の制定で区域数、認定プロセスなどが法制化された。これらは日本における限定条件下でのカジノ解禁を意味する法律でもある(図表1ご参照)。
IRを構成する機能には要件が付されており、ホテルはグレードで、国際会議場と展示場は規模で規定があり、加えてエンタメ機能やショッピング機能などを併設する事が求められており、IR全体として大型の観光拠点となる事が想定されている。なお、カジノはIR全体の延べ床面積の3%以内と規定されている。
IRの狙いは、インバウンドの大々的な受け入れと観光消費の獲得にあり、そこから波及する経済効果や雇用創出が期待されている。世界のカジノ市場を見れば想像に難くないが、従来型の名勝や観光地とは次元の異なる大規模な消費行動が展開されると想定されるため、そこから生まれる収益には法人税に加えて国・地方自治体への納付金を義務付けている。自治体は、これを原資に地域振興や依存症対策に取り組む事ができる。

国内では、2023年に大阪府・市が夢洲地区を申請して唯一認可を受けており、2030年開業に向けて準備が進み始めている(総事業費は関連インフラを含めて1兆円規模)。国は最大3地区まで認可するとしているため、あと2席の枠があるが、このほど大阪に続く追加申請を受け付ける方針を固めた。これを受けて、愛知県知事は、カジノ誘致の検討を再開する方針を決めたのである。
但し、カジノに射幸心を煽られて依存症に陥る恐れや、マネーロンダリングの温床になりはしないかなどの懸念も付いて回り、横浜市などではこうした議論が地域を分断した経緯もあるため、慎重な理解促進と機運醸成が必要ではある。そうした不安要素が含まれながらもIR誘致の検討再開を決めた愛知県の思惑を読み解きたい。
2.愛知県は今、なぜIRか -インバウンドの獲得、観光消費の活性化、新たな雇用創出-
愛知県の人口は、2019年をピークに6年連続減少で推移している。概ね年間1.5万人の速度で減少しており、今後2040年までに現状比20万人以上の減少が見込まれる趨勢だ。愛知県の人口減少は、自然減が加速して社会増で補えない構造が拡大している事による。また、社会増ではあるものの、年間1万人以上の若者(20~30歳代)が東京に転出超過しており、県内では三河地域の工業都市から名古屋市へと若者が人口移動している。とりわけ、愛知県が世界に誇るモノづくり産業の心臓部である西三河地域でも、こうした傾向が鮮明化しており、若者のモノづくり離れが顕在化している状況だ。

こうした人口減少が続くと家計消費が消失するので、県内総生産(GRP)の縮退要因となる。この家計による県内消費の減退を手っ取り早く補えるのは観光消費だ。しかし、愛知県は観光立国とは言えず、インバウンドもコロナ禍後の回復状況が芳しくないため、テコ入れが必要な状況だ。また、愛知県における観光産業の振興は、モノづくり以外の産業の柱を育む事を意味し、県内雇用の創出にも直結する。つまり、愛知県における人口問題と観光振興は密接に結びつくものであり、県土振興上の重要課題に向き合うものだ。
つまり、県が直面する人口問題と、その先にある県経済の縮退を見通した上で、意図を持って戦略的に対策を講じようとする姿勢が伺える。既に開業したジブリパークしかり、IGアリーナしかりである。そして今回のIR検討である。これらは、いずれも愛知県にはなかった観光資源を新たに創出して新規の観光需要を愛知県に呼び込もうとするもので、課題克服型の政策であり地域経営の観点から能動的で戦略性が際立つ。
3.地域経営の観点から見た名古屋市との比較 -能動的戦略の対照性-
観光振興に関する名古屋市の主要な取り組み状況を見ておきたい。名古屋市はポートメッセナゴヤを改修・拡張し、名古屋国際会議場を大規模改修中だ。いずれもMICEの拠点機能として重要な施設だが、事業の性格は老朽化対策だ。また、瑞穂陸上競技場を改築して新競技場が誕生するが、これも老朽化していた競技場をアジア・パラ競技大会2026のメイン会場として使うべく取り組んでいるものであり、いずれも既設の機能更新であって新規の観光施設整備ではない。この点で愛知県の取り組みとは性格が大きく異なる。
河村市政で着手された名古屋城天守閣の木造復元は、目玉となる観光資源創出プロジェクトだが、紆余曲折を経て進捗は停滞している。また、久屋大通公園北園のレイヤードパークの開業は新しい観光アイコンを名古屋市に加えたが、これも機能更新の上に賑わい創出を重ねた性格が強い。
名古屋市の人口は、233万人代で微増傾向を堅持しており、県人口のように減少期にはまだ入っておらず、県内では数少ない人口増加都市だ。しかし、自然減の加速傾向は顕著で、これを社会増で補ってはいるものの社会増の太宗は外国人の転入によるものだ。日本人に限れば、自然減を社会増で補う事はできておらず減少している。また、名古屋市への転入人口の主要元となっている中部地域では、全エリアで人口減少が進行しているから転入元の人口供給力は衰退していると考えねばならない。従って、名古屋市においても、早晩人口減少への転換期が訪れるのは間違いなく、その先には市経済の縮退が待ち受けているのだが、戦略的な対策姿勢は見られない。少なくとも観光政策においては、課題克服型の姿勢を見せる愛知県と、老朽化対策に終始している名古屋市という対照性が際立って見える。
だが、ここで別の見方をしてみたい。愛知県が推進しているジブリパーク、IGアリーナの経済効果は、主として名古屋市に帰着する。県外からの観光客やインバウンド客の主たる宿泊地は名古屋市内になるから、観光消費が最も落ちるのは名古屋市と見込まれ、愛知県の観光政策によって名古屋市経済は最大の恩恵を受ける。今後検討が再開されるIRが仮に実現した場合でも同様だ。従って、名古屋市側に立って都市経営的観点で考えるならば、愛知県が創出する新規の観光需要による消費を、より大きく名古屋市内で獲得する戦略を講じる事が得策だろう。いわば名古屋市は、「漁夫の利」戦略が描けるのだ。
そうした観点に立てば、名古屋市内における宿泊機能やエンターテイメント機能の充実強化とナイトタイムエコノミーの活性化、スポーツイベントの強化に取り組む事が実需に繋がりやすい。宿泊機能については、エスパシオナゴヤキャッスルが2025年に開業し、2026年夏にはコンラッド名古屋が開業予定で、これらは幸いにもタイミングが良いが、更なる集積促進も必要だ。エンターテイメント機能としては、市民会館の建て替え・機能強化が控えている事は良いが、都心部の機能強化は別途必要だ。
名古屋鉄道の名駅再開発の計画見直しや名古屋港ガーデンふ頭再開発の足踏み、アスナル金山再開発の延期などは残念ではあるが、新規の観光消費に結びつける仕掛けがゼロではない。ほとんど手のついていない領域はナイトタイムエコノミーの活性化だから、ここに策を講じる事を考えたい。ライブハウスや音楽フェスを含む屋外イベント、寄席演芸や大道芸、ボールルーム、ディナー飲食といった領域の活性化を促す対策を検討対象としたいところだ。
また、アジア・パラ競技大会に向けて整備したスポーツ施設を活かして、世界レベルの競技大会誘致に注力し、年間を通したスポーツイベントカレンダーの充実を図る事もレガシー活用型の集客力強化の観点から重要だ。
将来的にはリニア中央新幹線(以下、リニア)の開業を控えている名古屋市は、交流人口の飛躍的な増進機会を得る事となる。リニアの開業と愛知県が進める大型観光事業により生み出される交流消費を最大限に掴み取る準備を進める事が、名古屋市に必要な姿勢だ。是非、課題克服型の姿勢で戦略的な都市経営を展開して頂きたいと願ってやまない。


















