Vol.22公共事業の賛否論議に潜む危うさ -ミスリードや事実誤認に惑わされない視点-

公共事業に関する賛成論者と反対論者の意見は、いつの時代も対立してきた。各々の主張がそのままぶつかりあっても水掛け論で終わることが多い。個別の事業に直接の利害関係を持つ人々が意見を交わし合うのは良いにしても、政治家や識者が極端な表現で世論をミスリードしたり、誤った認識で国民を惑わす議論が含まれる場合は大いに問題だと感じる。賛否論議に潜む危うさについて考えてみたい。

1.公共事業とは  -ダーティな印象が付いて回るのはなぜか?-

公共事業とは、基盤整備事業とその維持管理事業を指すことが一般的だ。基盤整備とは、社会資本整備、インフラストラクチュア整備とも呼ばれ、国や地方の行政機関が実施する事業である。その分野は大きく3つに分類され、産業基盤(道路、鉄道、港湾、空港等の交通インフラなど)、生活基盤(公園、上下水道、学校、病院など)、国土保全基盤(治山治水、防災などに資するもの)で構成される。

これらは、市場原理に委ねても採算性が取れないから民間事業としては実施されないが、社会的必要性が高いので公共投資によって実施されるため公共事業と呼ばれる。投入される予算は大きく、国や地域が発展したり安全に暮らすために必要不可欠な社会資本が整備されるため、社会的な影響や役割は大きいのだが、時としてダーティなイメージで語られる場面がある。それは、談合や贈収賄問題などが後を絶たない歴史によるところが大きい。公共事業の適切な推進に微力ながら携わってきた筆者にとっては大変残念なところだ。

贈収賄問題などの不当な行為は断固排除されるべきで1ミリの擁護もしない。これは執行プロセスの問題であり、公共事業の意義そのものとは全く別問題だ。本稿では、執行プロセスにおける不当行為は切り離して、公共事業の意義そのものについての賛否問題に潜む問題点に焦点を当てたい。

上表は、公共事業の賛否論者が各々に唱える代表的な主張をまとめたものだ。一つ一つを読めば、一見はごもっともな主張ばかりで、これらが一つのテーブルを囲んで議論し合った際には水掛け論となりがちで答えは出にくい。筆者が問題だと感じるのは、不要論の中にある極端な表現で世論をミスリードする主張や、誤った認識で世論を惑わす主張などが含まれている事だ。これらを放置すると、公共事業の本来の意義が見えなくなり、情緒的で感情的な空気に支配され、本当に必要な公共事業が滞る危険性がある。そうなると国家や地域社会の機会損失が大きい。以下では、こうした危うさについて整理する。

2.不毛な結果を生む代表的な主張  -正しておきたい不要論の危うさ-

筆者が問題にしたいのは、上表の不要論(公共事業に反対の意見)の❶から❸だ。これら3つの不要論には、いずれにも危うさが含まれている。

❶人口増加や経済成長は望めないから今以上の社会資本は不要?

このご意見は国内しか見ていない片手落ちのご意見だ。確かに日本の人口は減少期に入った。また、経済成長も長らく低成長を続けており、今後も大幅な成長率の伸びは期待できそうにない。しかし、日本だけが社会資本の充実強化を放棄したら、周辺諸外国が凄まじい勢いでメガインフラ(超大規模な空港や港湾等の社会資本)の整備を推進している中にあっては、国際競争に伍していくことができなくなる。下表では国際空港と国際港湾について周辺国比較をしているが、明らかにわが国は規模において後塵を拝している。国家間の競争環境を念頭に置けば、下りのエスカレータにただ佇んでいて良いはずはない。昇る努力をしなければ落伍していくしかないのが実情だ。もし仮に、地球上に国家が日本しかないのであれば、このご意見にも従おう。しかし、現実には激しい国際競争が存在するのであって、各国の社会資本整備は極めて戦略的で大胆に進められている以上、日本も競争力を保持するレベルを必死に守っていく必要がある。従って、このご意見は日本の国内事情だけしか考えていない近視眼的なご意見だと言わざるを得ず、これを鵜吞みにすることは極めて危険だ。

❷財政が逼迫しているから建設投資は止めて扶助費に回すべき?

このご意見にはトラップ(罠)が含まれている。日本では、経済の低成長と人口減少を背景に、国も地方も税収は伸び悩みか減少基調にある。その一方で、高齢化が進展するなどして扶助費(福祉関連費用)は増加の一途を辿っているから、建設投資に回せる予算は少なくなっているのが実情だ。ここまでは正しい。しかし、「建設投資は『止めて』扶助費に回せ」という主張は、あたかもゼロサムゲームを印象付ける。福祉予算の拡充が必要であることは論を待たないが、建設投資をゼロにして全てを扶助費に回すという事はあり得ない。「社会資本vs福祉」という構図にすり替えて社会資本を悪者に仕立てる意図が見え隠れしており、この点がトラップだと思うのだ。どちらかをゼロにする議論ではない。下図では、政府歳出に占める公務・公益事業(本稿で論ずる公共事業はこれと同義)と社会保障・福祉事業の配分比を国際比較しているが、スイスや中国では極端に予算配分が偏っているが、日本はこういう極端な配分を目指す国ではないはずだ。日本の場合は、公務・公益事業の割合が約50%で社会保障・福祉事業の割合が約30%なので、公務・公益事業の割合の方が高いのが現状だ。これに対し、社会資本も福祉も両方必要なので、今後は「両者の予算配分のバランスを少し変えて福祉に回そう」という議論であれば健全だと思うが、極端な主張によるミスリードには十分な留意が必要だ。

❸建設業だけにメリットがあり公共性・健全性に欠ける?

このご意見は完全に誤りだ。公共事業が発注された瞬間は、建設業にお金が渡る。しかし、建設工事を進めるためには、様々な発注がそこから発生する。建設資材、職人、建設事務所におけるOA器材などの調達の他、印刷業や物流業、旅客業に至るまで、様々な取引が多業種に伝搬し、その過程で波及効果が発生する。各産業に波及する経済効果を試算した結果が下表だ。1兆円を投じた場合は建設業に1兆円が落ちるが、その他の産業には1.56兆円が波及し、合計で2.57兆円の経済効果が生じることが把握できる。建設業は受注の入り口に過ぎないのだが、残念ながら不適切な受注工作(談合)や贈収賄事件が数多く起きたため、建設業が目の敵にされている。不当行為は論外であるが、これは発注プロセスの問題なので公共事業の意義と混同してはならない。実際の公共事業の発注後には、建設業から他の産業にも経済効果が波及するのであって、その結果、経済の活性化が生じることは、上記の如く統計的にも証明する事ができるのだ。従って、こうした誤った解釈を印象操作的に流布する事は厳に慎まねばならないと思う。

3.健全な公共事業へのエール  -必要なインフラ整備は正々堂々と推進してほしい-

繰り返しになるが、予算執行プロセスにおける不当な行為は論外で擁護はしない。しかし、この事と公共事業の本来の意義とを混同してはいけない。「公共事業=建設業の談合の巣窟」という印象は、執行プロセスでの過ちが生んだ負のイメージだ。執行プロセスの不備は、厳しく反省しなければならない。しかし、本稿で論じたいのは公共事業の意義であり必要性だ。不要な事業に限られた予算を投じる必要は全くない(もはやその余裕もないはず)。しかし、必要性が認められる事業であれば、正々堂々と予算を投じて推進して欲しい。それが、日本の国際競争力向上につながり、若者たちが世界に誇れる日本を築くことになると筆者は信じて疑わない。

公共事業の代表的な所管省庁は国土交通省だ。国土交通省では必要性を客観的に評価するため、費用対効果分析による検証プロセスを確立している。また、検証の過程や評価結果を公開して説明するアカウンタビリティプロセスも確立されている。そこには個別事業の必要性を吟味するための客観的な情報が豊富に整理されているので、これらの情報を基に議論すれば、不要な水掛け論を極力回避できる。やはり問題は、先に紹介した過激なストーリーによる主張や、トラップを含む論理展開、そして誤った認識の流布だ。こうした主張があった場合は、明確に危うさを指摘しなければならない。

民主党政権時に「コンクリートから人へ」の掛け声の下、大規模な公共事業の凍結や縮小が大胆に行われた。この時、危うい主張が展開され、結果的に必要な事業が実現しなかった例が数多く実在する。その一例は、筆者が住む愛知県にもあり、新東名高速道路の6車線計画が4車線に変更を余儀なくされた。自民党政権下で事業が先行していた静岡県内区間は6車線での整備が実現しているが、愛知県内区間は4車線となってしまった。日本経済を支え、国土強靭化にも資する国家的重要路線であるにもかかわらず、危うい議論で縮小されたことは、取り返しのつかない機会損失だと筆者は考えている。このような轍を踏まぬように、公共事業に関する健全な議論を期待したいところだ。

公共事業に携わる関係者にエールを送りたい。財政制約の強い中であるからこそ、真に必要な社会資本を見極めることに議論を集中し、不適切な執行プロセスを排除し、正確な情報を真摯に発信して危うい議論を正し、臆することなく正々堂々と必要な社会資本整備(公共事業)を推進して欲しい。筆者はそう願ってやまない。

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