名古屋市交通局では、次期の経営計画策定の検討が始まった。有識者懇談会に招聘された筆者は議論を始めるにあたり、名古屋市交通局の経営環境について概括する機会を得た。改めて感じることは、名古屋市交通局は国内最大級の公営交通事業者だという事だ。そして、必ずしも恵まれた経営環境にない中で最大限のサービスを提供しようとしているとも感じる。今後は、コロナ禍で厳しさを増した経営状況から何を打ち出していくかが焦点だ。
なお、本稿では、大阪市交通局は2018年にOsaka Metroに民営化されたため公営交通事業者に含めていない。また、東京は都営交通を対象としており東京メトロは含めていない。
1.国内最大級の公営交通事業者 -バス網は国内最大、地下鉄網は2位の規模-
全国の公営交通事業者は政令市を中心に存在しており、その多くがバスと地下鉄を運行している。図表1では、公営交通事業者のネットワーク規模を比較している。名古屋市交通局が営業している総延長距離は、バス網で768.7km、地下鉄網で93.3kmだ。バス網の総延長は東京都交通局をおさえて最も長く、地下鉄網の総延長は東京都交通局に次いで2番目に長い。つまり、名古屋市交通局は、我が国における公営交通事業者の中で最大級のネットワーク規模を有していることが分かる。
但し、市街化区域の人口密度をみると、名古屋市の人口密度は東京都の半分以下であり、横浜市の7割程度でしかない。人口密度が高いほど交通需要が集中的に発生するので、交通事業者としては経営環境が良好と言えるのだが、名古屋市は低い人口密度の中で国内最大級の交通ネットワークを構築して経営しているわけだ。
政令市であっても公営交通を持たない都市は多い。全国の地方都市では公営交通は姿を消し、民間交通事業者のサービスに依存するか、コミュニティバスの政策的運行に留まっている。それは、都市規模が小さいと交通需要が小さいため都市単位での交通事業の経営が成り立たないからである。民間交通事業者は、市町村域を超えた広域的運行を行う中で交通需要を確保しながら経営するが、地方自治体ではこれができない。
翻って名古屋市交通局は、市域内という限定されたエリアの中で、高密度とは言えない環境の下、全国最大級の交通ネットワークを構築しながら経営しているのだから、ある意味では高度な経営ノウハウを持つプロ集団であるとも言えよう。
2.料金単価は最も安い -バスは最も安く、地下鉄は2番目に安い-
全国の公営交通の料金を比較してみたい。図表2ではバスを比較している。バスの均一料金は210円~230円の範囲に集中しているが、1人当たり料金単価は各都市でバラツキが大きく、名古屋市の132円は全国で最も安い料金単価となっている。しかも圧倒的だ。料金単価とは、定期券や企画切符などによる割引、交通系ICカード等のポイント還元、高齢者や障害者及び児童等の料金減免などを織り込んで押しなべて平均した運賃だ。名古屋市交通局では、マナカによるポイント還元率が高く、敬老パスが普及し、土日エコ切符がヒットしていることなどから全国で最も料金単価が安いバスとなっている。
その結果、均一料金に占める1人当たり料金単価の割合は、名古屋市は62.9%となっており全国で最も低い。名古屋市のバス利用者はそれだけ優遇されているという事である。
地下鉄の初乗り料金は多くの公営交通で210円が採用されており、東京都営交通が180円、京都が220円というのが異例だ(図表3)。ここでも1人当たりの料金単価を比較すると、名古屋市の154円は東京都に次いで全国で2番目に安い。但し、東京都は初乗り料金が低いから特別だと考えて良く、これを除けば名古屋市の地下鉄は事実上最も安いという見方もできる。そして、初乗り料金に占める1人当たり料金単価の割合は、名古屋市は73.3%で地下鉄も全国で最も低い。バスと同様に地下鉄でも名古屋市の利用者は優遇されている。
交通事業者側から見れば、運賃収入の収受機会を逸していると捉えることもできるのだが、公共交通(バス、地下鉄)は市民の日常の足としてなるべく低料金で利用できる役割が求められているし、公営交通事業者はなおさら市民に対して減免や料金割引サービスを提供する使命を負っているので、名古屋市交通局はこうした役割と使命に対して忠実な経営をしていると評価できると思う。敢えて言えば、日本最大級の公営交通事業者である名古屋市交通局は、「お人好し」な公営交通事業者と言えるのかもしれない。
しかし、経営環境の変化によっては「お人好し」とばかりは言っていられない。動力費(電気代や燃料代)は高騰し、賃金水準も上昇する方向で、さらには環境負荷低減に向けた設備投資(CO2排出を抑制する車両の導入等)、安全性向上に向けた設備投資(転落防御柵や地震・水害等の災害対策、テロ対策等)は増大する一方だ。こうしたことから、全国の官民の交通事業者は、マイレージポイントの還元などについて縮小及び廃止する方向で対応が進んでいる。名古屋市交通局でも、減免や料金割引制度について見直しを余儀なくされる局面が早晩に訪れると我々市民も覚悟しておかねばなるまい。
3.コロナ禍で変わったマーケット構造に対応するために -連携型の経営に転換を-
2020年に突如発生した新型コロナウィルスによるパンデミックは、全国の交通事業者を厳しい経営環境へと追い込んだ。就労・授業スタイルがリモートスタイルに切り替わり、感染防止のための出控えが普及し、自家用車利用への転換も加わって、公共交通の乗車人員が減少したからだ。
名古屋市交通局も例外ではなく、収支は急激に悪化した。バスの経営(図表4)は2020年から営業収支の赤字額が一気に拡大し、地下鉄の経営(図表5)は黒字だった営業収支が同年から赤字へと転換した。
そして、問題は今後も元には戻りきらないと想定されることだ。仕事では通勤も出張もリモートへの切り替えがある程度定着するだろうし、DXの更なる進展は多様な働き方を今後も後押ししていくだろう。従って、コロナ禍前の交通マーケットには戻らないという前提に立たねばならない。収入が戻らなければコスト効率を相当に高めねばならないが、これは細かい取り組みの積み上げだけでは容易には成しえない。同時に、今までとは異なる発想で需要を創出していく姿勢も必要だ。
そこで、筆者は名古屋市交通局に「連携型の経営への転換」を提唱している(vol.121ご参照)。まずは、民間交通事業者との連携だ。その第一は、地下鉄とバスを大胆に民間へ運行委託することを検討すべきだと考えている。例えば、地下鉄鶴舞線は名古屋鉄道と相互直通運行をしているので、鶴舞線の駅務を含めた全線を名古屋鉄道に運行委託してはどうか。運行コストは名古屋鉄道の方が安いので、名古屋市交通局が直営するよりも委託した方が費用を縮減できる可能性があるからだ。民間との連携によるコスト効率の向上を模索願いたい。
民間交通事業者との連携の第二は、マナカのモバイル化だ。実現を阻む最大のネックはシステム開発コストだが、名古屋鉄道もマナカを運用しているため、両者が協働して開発すればコストをシェアできる。モバイルマナカになることで市民の利便性は確実に高まり、名古屋のブランド性の向上にも貢献しよう。名古屋のブランド性が高まることは、リニア時代の国土において名古屋を立地選択する動機に繋がり得るから、最終的には交通需要の創出につながっていく。これも民間との連携により現状打破を目指してほしい。
次に、庁内他局との連携の深度化だ。その第一は、バスターミナルの上部空間の利活用だ。市内各地にあるバスターミナルの上部空間を開発して保育園、クリニック、塾、ドラッグストア、生活雑貨店(100均ショップ等)、食品雑貨店(カルディ等)などを誘致すれば、バスターミナルは交通結節点のみならず、暮らしの拠点として高い利便性を提供することとなる。その結果、バスターミナル周辺に住宅需要の集中を誘発して都市のコンパクト化を促し、同時に公共交通の需要増加へとつながるはずだ。実践に向けては、住宅都市局との費用負担シェアを含めた庁内連携を検討願いたい。
庁内他局との連携の第二は、都心への自動車流入を抑制する連携だ。既に、栄では久屋大通公園の地下にある久屋駐車場の一部をサンクンガーデン化して、栄における地上と地下の連絡動線を強化することが住宅都市局で検討されている。これに伴う都心駐車場の減少分は、フリンジ部駐車場が補完してパーソナルモビリティなどで都心とをつなぐことが今後検討されるはずだ。同時にビルの建て替えや再開発が進展すれば、都心に発着する公共交通の役割は一層大きくなる。こうした都心の改変と連動して、名古屋市交通局は改めて交通サービスレベルを向上させ、機関分担率を高めていかねばならない。
民間交通事業者や庁内他局との連携を深めることによって大胆なコスト効率向上策を講じるとともに、まちづくり部局との連携によって公共交通の需要を創出していくことが、名古屋市交通局に求められる今後の経営姿勢だろう。国内最大級の公営交通事業者として、新たな経営ノウハウを身に着け、存分に発揮してもらいたい。頑張れ、名古屋市交通局!