Vol.7 リニア中央新幹線の工事遅延問題を考える -静岡の我がままと捉えてはいけない―

1.リニア中央新幹線の未着工問題 -大井川の水問題-

リニア中央新幹線(以下、リニア)は、品川~新大阪間を全線計画とする東海道新幹線のバイパス路線として計画されている社会資本だ。導入されるシステムは超電導リニアモーター方式で、この世界初で世界最高の技術が実現すると、時速500キロを超える航空機並みの速度で運行する事ができる陸上交通となる。このうち、品川~名古屋間が第一期計画として整備が進められており、開業予定は2027年に置かれてきた。品川~名古屋間が開業すれば、同区間の所要時間は約40分となることが見込まれており、現在の東海道新幹線のぞみ号の所要時間(約90分)から50分程度短縮することになる。これによる経済効果は歴史的に大きな規模で(vol.2ご参照)、日本の国土が有する大きな課題となっている東京一極集中構造の是正をする事が可能になる可能性も高く(vol.1ご参照)、大きな期待が寄せられている。

また、品川~名古屋間には4つの中間駅が整備される予定で、各中間駅ではアクセス道路の整備や新しい立地条件を活かす地域づくりなどの計画づくりが進められており、その結果、リニア沿線地域では「安くて便利」な国土利用が可能となり、日本の経済や国民生活にとって誠に望ましい展開が可能となる。

しかし、建設ルート上で最も難関工事ともいわれている南アルプス直下にあたる静岡県内区間に着工する事ができていない。開業は遅れるとの見通しだ。理由は大井川水系の水問題である。

2.静岡県内区間の工事遅延問題の構図  -地域に寄り添う姿勢は足りていたか-

南アルプスの下にトンネルを掘削して整備することで、大井川の水源に影響を与え、大井川の流量が毀損される可能性が指摘されており、この事に絡む地元の不安とJR東海側の説明や対策内容との間に溝が深まり、着工できない状況が続いている。JR東海側が、リニアの開業年を伸ばさざるを得ない限界を越えたと発言したため、リニア沿線地域を含め全国から注目を集める事態となった。その注目の構図は、静岡県と関連市町村が水問題で一歩も引かないためにJR東海が悲鳴を上げていると社会には投影されており、要するに「静岡のわがままにリニアが翻弄されている」かの如くに理解が蔓延しているように思う。

筆者は少し違う目線で眺めている。水問題は地元にとって大問題だということを理解した上で、「JR東海が意を尽くして説明したか」という目線だ。大井川流域では、数々のダム建設の影響もあり、水量の減少に直面してきた。地域の産業や暮らしにとって、大井川は生命線だから、大井川の水問題には関心が高い事は容易に理解できる。静岡県知事が県民を代表して地域マインドを言葉として発するのも当然だ。つまり、「社会資本の整備(これまでは主としてダム建設)によって命の水に影響受けてきた」という地域マインドを理解し、これに寄り添う姿勢で地域と接する事をJR東海側ができていなかったのではないかということを懸念しているのである。

3.中間駅地域が感じたJR東海の姿勢  -それは「事業者様」の如くに映った-

筆者がこうした目線で本事案を眺める理由は、中間駅でのJR東海と地域との関係の歴史にある。JR東海が自社単独事業によるリニア整備を発表した際には、筆者は拍手喝さいを惜しまなかった。そして、リニアによる経済効果分析等を継続的に行って発信し、リニアの実現を応援し、これを活かした地域づくりを業務を通して応援してきた。しかしこの間、ルート選定や駅位置の選定が進むにつれて、JR東海側の地域との向き合い方に首を傾げることが増えたのである。それは、対話の姿勢だ。沿線地域は、地元の地勢や発展の歴史、更には現在の都市構造や将来のまちづくりプロジェクトを勘案しながら、理想的な駅の位置を考え、これをJR東海側に要望する活動を行っていた。一方で事業者であるJR東海としては、リニアの特性を熟知して経営計画を立てたいから、運輸事業としての効率性を追求する姿勢でルートや駅の位置を決めたい。従って、地元地域とJR東海との間には自ずと希望に差が生じたとすれば、それはやむを得ない事だ。

しかし、地域から筆者の耳に届いた声は、JR東海側からの説明は少なく、地元意向に聞く耳を持たず、計画の進め方は「我が道を行く」的だという主旨の嘆きだった。そして、その嘆きは、どの中間駅地域からも等しく聞こえてきたのである。

中間駅地域は、リニアの駅ができるから、そうした一方通行的なコミュニケーションに不満を持ちつつも、じっと耐えてJR東海の決定事項に従って対応してきた。結果的には社会問題にはならなかったのである。しかし、地元の声を聴かない、丁寧な情報開示や説明をしないという姿勢は、社会資本整備を行う上で本来の姿とは言えず、筆者には強い違和感として記憶に残ったのである。表現は適切ではないかもしれないが、「リニアを造ってやる事業者様」のような姿勢に見て取れたと敢えて申し上げておきたい。

4.着工実現に向けて必要な膝を折る姿勢  -アカウンタビリティの重要性を今一度-

さて、静岡問題である。駅のできない地域と向き合う以上、不信感が社会問題として爆発することへの抑止力はないから、中間駅地域にも増して丁寧な説明は必須だと思うのだ。ましてや大井川流域地域の持つ固有のマインドに接すればなおさらだ。社会資本整備は日本の発展のために大きな役割を担う事業である。しかし、主として高速道路事業が過去に経験してきたように、アカウンタビリティを軽んじたことで地域社会から強烈なしっぺ返しを食らった事に学べば、地域のマインドと折り合いをつける努力は必須だ。信頼関係構築の大前提となるのが丁寧な説明と情報開示だと思うのである。

しかし、事がここまでこじれた以上、話は容易ではない。まずは、コミュニケーションの再構築だろう。JR東海には事業者様然としてではなく、お願いする立場として話し合いの場を再構築してほしい。地元が胸襟を開いてこれに応じるまでは、膝を折ってお願いする姿勢を持って欲しい。その上で、「情報を小出しにしか開示しない、自社の都合を押し付ける」と言ったイメージを払拭し、JR東海が得た解析結果のデータとともに想定されるリスクを示し、技術的に対応可能な全ての対策を提示し、地域の理解を得るような対策も考案して事に当たって頂きたい。その上で、国には客観的立場から相互理解を促す行事役を求めたい。決して整備ありきの協議にならないよう、両者の歩み寄りの機会創出に最大限の配慮をして頂きたい。

筆者は、リニアがわが国の発展のために極めて重要なプロジェクトであると確信しているから、その意義や効果に関しては微力を尽くして発信したい。であるからこそ、このプロジェクトの工事が一日も早く進み、着実に開業する事を願い、少々不適切かもしれないがJR東海に苦言を申し述べた次第である。

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