Vol.209 リバウンドを見せる東京都の人口だが「脱・東京」は消えていない  -富裕層の都心回帰と子育て層の郊外脱出傾向が併存-

コロナ禍を契機として人口が東京都から流出超過する「脱・東京」現象が顕在化した。その後、都の人口減少は収まりを見せ、2024年の東京都総人口(日本人)は前年比で3年ぶりの増加となった。これを支えているのは特別区におけるリバウンド現象だが、都全体としての勢いは強くない。依然として東京都から人口流出は並行して続いているからだ。東京都心に回帰する人口と東京都から脱出する人口が併存する状況となっている。

1.特別区の一部でリバウンドする人口  -東京都全体の日本人の増加傾向は強くない-

2020年に発生した新型コロナウィルスによるパンデミックは、人口の「脱・東京」現象を引き起こした。図表1は、東京都の人口動向を対前年比の推移で表現したものだ。2019年まで続いていた強い人口増加傾向が一気にしぼみ、2022~2023年にかけて対前年比がマイナス(人口減少)という状況となった。2024年の住民基本台帳(1月1日時点)では、特別区で反転回復している一方で、市部では減少傾向が続いており、東京都全体としては人口増加傾向が完全回復した状況とは言えない。

人口がリバウンドしているように見える特別区についても、一様に増加している訳ではない。図表2は、横軸が2024年時点の対前年比(直近の増加傾向)、縦軸はリバウンド係数(2024年の対前年比/2022年の対前年比)で特別区の人口動向を示したものだ。2024年の対前年比で1%以上の増加を示しているのは台東区、港区、中央区、墨田区の4区で、2022年以降のリバウンド係数が1%以上となっているのは港区、品川区、目黒区の3区だ。そして、コロナ前→コロナ禍→コロナ後を通して一度も減少する事なく安定した人口増加を続けているのは文京区だけである。特別区では、これら7区に人口の増加傾向が集中している。これに準ずる区は、比較的直近期の増加率が高い千代田区と江東区であり、これらを加えれば増加センターは9区という事になる。いずれも都心エリアだ。

一方、新宿区をはじめ江戸川区、豊島区などで6区ではコロナ禍を脱した2024年時点でも人口減少が続いており、その他の特別区も強い増加傾向は示していない。従って、前述した都心部の限られた7区が東京都の人口増加センターとなっており、その他の特別区の増加傾向は弱含みで、市域ではほとんどの市で減少が続いているというのが実情だ。従って、東京都では一極集中を牽引する一部の増加センターがあると同時に、「脱・東京」現象を含む停滞傾向が併存していると解される。

東京都の区市部における人口増加の停滞および減少傾向の背景には自然減の拡大が大きな要因としてあり、社会増でこれを補える区市は限定されていると概括される。同時に、東京都からの流出超過先は存在し続けており、人々の居住地選択に「脱・東京」という志向は消えていない。

2.特別区部からの転出超過先  -隣接する埼玉県、千葉県、神奈川県に流出超過-

近年の東京特別区部からの転出超過先(脱・東京の選択肢)は、埼玉県、千葉県、神奈川県の3県に集中している。これら3県への東京都からの転出入超過の推移を示したのが図表3だ。埼玉県へはコロナ禍前から東京都特別区からの転出超過が発生しており、コロナ禍に伴い増加した。また、千葉県と神奈川県へはコロナ禍を契機に特別区からの転出超過が発生した事が分かる。但し、特別区から転出超過となっている転出先はこの3県に限られており、超過量は徐々に縮小傾向となっている事も事実で、「脱・東京」現象は現存するものの対象エリアは広域化していないのが実情だ。

一方、東京都特別区に転入超過となっている道府県は、前述の3県以外の全国に存在している。中でも上位5府県を抽出して推移を見たのが図表4だ。最も多いのは大阪府からの転入超過で、2012年以降は1位で推移している。これに次いで多いのが愛知県で、近年は大阪府の水準に近付いている。つまり、愛知県からの東京特別区への転入超過は全国2位であり、増加傾向にあるという趨勢だ。そして、上位5府県からの転入超過量は、コロナ禍前の水準に近付きつつある。

3.東京一極集中の現状  -集中傾向の陰で子育て層を中心に「脱・東京」が併存-

我が国国土において東京一極集中の構造は依然として続いている。先に見た3県(埼玉、千葉、神奈川)以外の全国道府県から東京都に人口が流入超過している。コロナ禍に顕在化した隣接3県への転出超過の傾向も縮減傾向にあり、3県以外からの転入超過はコロナ禍前に近づきつつあることから、「脱・東京」現象は全体的には縮小していると総括すべきだろう。そして、愛知県からは東京への流入超過が多く、増加傾向にあるという点も東海地域側からは着眼しておかねばならない。

但し、都市別に見ると留意すべき2つの事項が読み取れる。第一は、東京都における人口増加センターは都心の7区(拡大的に捉えても9区)に限定されているという点だ。これらの都心区は地価水準が高い事から、経済負担力のある富裕層に選ばれていると考えて良いだろう。特別区部の中でも都心区居住の選択は制約的と解すべきだ。

第二は、隣接3県(埼玉、千葉、神奈川)に転出超過が継続しているが、この3県の中で特に子どもと母親層が共に増加傾向が顕著な都市は、流山市、柏市、印西市である(vol.207ご参照)。これらの都市に共通している条件は、都心に30分ほどでアクセスできる直通鉄道が利用できる事、大学に象徴される文教環境がある事、更にはICT企業や金融企業等のデータセンターなどがあり付加価値型産業機能が集積立地している事があげられる(vol.207ご参照)。つまり、東京都から流出超過している隣接3県においても、選ばれる都市には条件があるという点を念頭に置かねばならない。

図表5は、東京都が作成した年齢階層別の転出入の状況(2023年住民基本台帳)だ。ここでは、東京都への転入超過は15~29歳の学生層及び就職層が中心で、0~9歳の未就学児と30~44歳の親世代では転出超過が起きていると指摘している。つまり、子育て期の家庭が「脱・東京」の主人公であり、その居住地として都心アクセス条件の良い文教都市を中心に選ばれているという事だ。

以上から、人口に見る東京一極集中の現状を総括してみたい。全国から東京都への人口集中は若者(学生、就職層)によって生じているが、子育て期に入ると隣接3県を中心に転出(脱・東京)して居住地選択しているという構図だ。限られた富裕層が都心居住の選択を続けているから都心の空洞化は生じていないが、東京都全域で自然減の拡大基調が強まっている事から、これを社会増で補うことが困難となりつつあり、東京都の人口増加傾向は弱まる傾向にある。従って、東京一極集中は、首都圏一極集中(1都3県)に転換しながら依然として構造化しているという事だ。

東海地域側からこうした一極集中の傾向を解釈しておきたい。愛知県は、大阪府と並ぶ東京都への人口供給県となっている。とりわけ名古屋市は、東京都への転入超過量が全国一多い都市(首都圏を除く)となっている(vol.203ご参照)。進学期や就職・転職期の若者を大量に東京に送り出しているのであるが、これ等の若者は子育て期になると埼玉県、千葉県、神奈川県等の都市を選択して居住している可能性が高い。つまり、愛知県で生まれて育ち学んだ若者たちは1都3県で人生の4分の3以上を過ごすという事だ。

仮に、進学・就職期に東京へと転出した愛知県の若者が、結婚・出産をして子育て期に入った際に愛知県に戻る居住地選択が可能となれば、1人で出て行って3人、4人で帰ってくることとなるから、愛知県としては効率的な社会増を得る事となる。こうしたシナリオを実現する事を想起した地域づくりを行わねばならない。

首都圏で選ばれている都市を見た時、都心アクセス30分程度の文教都市が選ばれており、付加価値型産業機能があることも有効条件となっていることを踏まえれば、リニア開業後の名古屋市は良好な条件を具備するではないか。但し、付加価値型産業機能の集積を図る事、公教育のリデザインを核とした教育環境を向上させることなど、準備しなければならない課題もある事を忘れてはならない。首都圏一極集中で起きている現象を参考に、リニア時代における首都圏一極集中の克服都市となれるよう、名古屋市を中心に愛知県下の都市が発展戦略を構築していく事を強く望みたい。

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