愛知県の産業政策「Aichi-Startup戦略」から生まれた日本最大のオープンイノベーション拠点「STATION Ai」が2024年10月に鶴舞に開業した。担い手となる事業者の公募でソフトバンクを中心とするグループが選定され、当社主導でパートナー企業とスタートアップ企業によるオープンイノベーションの発揚に取り組まれている。用意された企業向け居室は満室入居となり、成果の行方に期待が集まっている。
1.STATION Aiの概要 -施設構成と家賃、支援メニュー-
鶴舞中央図書館の南側隣接地(愛知県勤労会館跡地)に地上7階、延べ床面積23,613㎡のSTATION Aiが誕生した(図表1)。日本最大のスタートアップ支援拠点として愛知県が構想し、ソフトバンク社が事業主体となって推進されている。スタートアップ企業とパートナー企業(在来の事業会社、研究機関、VCなど)が同居し、相互の連携によってオープンイノベーションを誘発させることが狙いだ。

施設は、一般開放ゾーンと会員専用ゾーンで構成されている。一般開放ゾーンには飲食スペース、あいち創業館、ホテル(最上階)、ルーフトップバーがあり、会員専用ゾーンには入居スペースに加えてテックラボ、フィットネス、託児施設、イベントスペース、ラウンジなどが設置されている。あいち創業館とは、愛知県が整備した県内創業者を検索・閲覧できるミュージアムだ。ホテルは新興企業のSQUEEZE社が経営するもので、現時点では入居企業よりも観光客の利用により高稼働のようだ。
会員専用ゾーンの中核的空間となる入居スペース(オフィス)には、個室、固定席、コワーキング(フリーアドレス)の3タイプが用意されている。各々のタイプに月額賃料(定価)が設定されており、スタートアップ企業の場合には愛知県からの政策支援として半額での利用が可能となっている(図表2)。但し、半額で利用できるのは原則2年間だ。この間にスタートアップの経営が成長する事が企図されている。また、入居企業は登記も可能で、郵便ポストや宅配ボックスの利用もできる(有料)。

入居企業には、様々な支援メニューが用意されている。例えば、企業情報掲載/検索、会員向けイベント参加(情報交換の場)、コミュニティサポート、パートナー企業が実施する各種プログラムへの参加、パートナー企業とのマッチング支援、人材紹介、ベンチャーキャピタル支援などだ。これらの支援メニューに通底するのは、スタートアップ企業とパートナー企業の技術・アイデアの融合を促す事にある。
2.STATION Ai 入居企業の構成 -スタートアップ企業とパートナー企業の概要-
入居企業は、スタートアップが約500社、パートナー企業が約200社で、既に満室となっている。スタートアップ企業の内訳を見ると(図表3)、事業領域はB2B、DX、SaaS、AIが上位で、その他の事業領域を見ても全般的にICT系の業種が大勢を占めており製造業はマイノリティだ。また、本社所在地は愛知県(32%)と東京都(39%)で7割を占めるが、残り3割は国内外から広く入居している。
一方、パートナー企業には愛知県の企業が数多く名を連ねている。トヨタ自動車、デンソー、アイシンなどのトヨタグループをはじめ、ノリタケ、豊島、敷島製パン、岡谷鋼機、中部電力、東邦ガスといった愛知県を代表する企業が入居する他、金融機関や大学も数多く入居している。勿論、愛知県外からの企業も数多く入居している。

こうした入居企業の構成からは、オープンイノベーションへの期待の構図が垣間見える。STATION Aiの最大の狙いは、スタートアップ企業とパートナー企業が同居する事で相互の情報発信やアイデア提言を促し、連携が生まれ、イノベーションを誘発する事だ。このオープンイノベーションによってスタートアップ企業は事業機会を獲得し、パートナー企業は自社の経営を強化する事が期待できる。もう少し嚙み砕くと、愛知県に集積する圧倒的なモノづくり企業に対して、スタートアップ企業の知恵を装入し、愛知県のモノづくり産業の技術革新スピードを上げることが期待されていると換言できるだろう。また、日本最大のスタートアップ企業数(拠点の規模)は、愛知県をスタートアップのメッカとする狙いがあると捉えることもできよう。こうした事が、愛知県の産業政策「Aichi-Startup戦略」の企図するところだ。
3.オープンイノベーションの役割と行方 -付加価値創出力を高める産業構造へ-
愛知県も名古屋市も、「若者の流出」という共通の課題を抱えている。流出先は圧倒的に東京だ。ここで言う若者とは、20代~30代を指しており、就職・転職期にある人材である。つまり、愛知県が誇るモノづくり産業の圧倒的な集積をもってしても、活躍機会を求める若者を惹き付ける事ができない状況なのだ。
なぜ、若者たちは東京に流出するのか。それは、産業構造に大きな要因があると筆者は見ている。統計的に見ると、若者たちは付加価値産出力の高い都市・地域に向かって引き寄せられている。愛知県は、モノづくり産業の集積が国内でダントツだが、モノづくり産業の1人当たり付加価値産出額は決して大きくない。一方、名古屋市の基幹産業はサービス産業だが、高付加価値型のサービス業や付加価値を生む本社機能の集積は高くない。代表的な高付加価値業種とは、情報通信業、金融・保険業、学術・技術的サービス業、医療業だ。こうした付加価値産出力の高い業種が集積する東京に対して、愛知県と名古屋市は若者たちを吸着する力(産業集積)が弱い事に主因があると考えられる。
こうした趨勢を転換するためには、愛知県・名古屋市における産業構造改革が必要だ。それは機能と業種の両面に着眼すべき改革で、機能とは本社機能の集積を指し、業種とは高付加価値業種の集積を指す。これらによって愛知県・名古屋市の付加価値産出力が高まる事で、若者の流出を抑止し、広域的に若者を吸着できる地域へと変貌する事ができるはずだ。
但し、愛知県と名古屋市では取るべき方針が異なる。愛知県は、圧倒的なモノづくり産業集積があるから、基軸とすべきはモノづくり産業の付加価値産出力の向上を目指すべきだ。そのためには、コストを抑えながら技術革新のスピードを上げる必要があり、STATION Aiにおけるオープンイノベーションが促されれば有効に寄与するだろう。一方、名古屋市は本社機能と高付加価値サービス業種の集積を高める事に基軸を置くべきだ。STATION Aiに入居するスタートアップ企業(情報系業種が多い)が成長軌道に乗った後、名古屋市に本社を置いて更なる発展を遂げるトレンドが定着すれば、名古屋市の付加価値産出力は着実に向上する。
STATION Aiは開業して半年だ。入居したスタートアップ企業にとっては、賃料の半額支援が受けられる期間(2年)の4分の1が過ぎた。短期間でオープンイノベーションを巻き起こしビジネスへと結びつけるのは容易ではなかろうが、短期間で誘発できることこそが大規模な拠点の有意性だ。愛知県とソフトバンク社が狙う成果が、今後1~2年でどのように生まれてくるか、大いに期待して見守りたい。その先には、日本の国際競争力の向上と若者定着というアウトカムが待っているのだから。